2016年5月26日木曜日

溝口健二『赤線地帯』の感想をメモしておこう

赤線地帯 [DVD]
    この映画『赤線地帯』は溝口健二の遺作になる。時代は戦後の、売春防止法が成立するかどうか、国会で綱引きしていた頃の話だ。映画は一九五六年に完成したが、製作中はまだ売防法は成立していなかった。映画のラストでは、国会で法案が否決されて業者が喜び、「俺たちは政治の目のとどかないところを補ってやってるんだ」と娼婦たちに言い放つ。
  この映画を見ていて良く判るのは、「溝口健二は女が嫌いなんだな」ということだ。(以下、ネタバレ有り)

 ここには女の「愚かさ」と「社会」だけがあり、「男」はどこにもいない。だから男たちは、この惨劇を安心して見ていることができる。
 その点でこの映画の基本は、ある意味エンタティメントなのだろう。
 どこにも救いがないが。
  強く印象に残ったは、中年の娼婦ゆめ子(三益愛子)が息子に会うシーンだ。手前にうつむく息子が立ち、やや右前にゆめ子立って息子にかきくどくカットが凄まじい。映画の中で、この部分の荒涼とした空気が際立っている。映画史上、これだけ凄まじいシーンは他にないのではないか。
  工場で働く息子は娼婦をして自分を育てた母親を、「もう会いに来ないでくれ」と突き放す。ゆめ子は独り店に帰り、発狂する。

  溝口健二の妻も発狂している。晩年は精神病院にずっと入ったままだった。原因は溝口のわがままと容赦ない罵詈であろう、とされる。溝口の死後も妻は入院したままで、病院でその生涯を終えた。入院費はずっと映画会社が負担していたそうだ。

  映画の中で発狂したゆめ子は、「満州娘」を朗々と歌う。
  その前にもゆめ子が歌うシーンがあるのだが、歌にまとわる響きがまったく違う。登場人物たちはしばらく何が起こったか判らない風だが、観客にはゆめ子が発狂したことがひしひしと伝わってくるのだ。


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