2016年2月17日水曜日

真理のごとく振舞う言葉がやがてジョークになるということ

 ジョン・ロックは『市民政府二論(統治二論)』第一書、第一章の冒頭にこう記している。
…………

奴隷制が恥ずべき悲惨な人間の状態であり……弁護すべきものだとよもや思われぬほどである……
…………
 が、しかし、この「全人類の鎖」に対するロックの憤激は、新世界と呼ばれた土地、少なくともイギリス植民地のプランテーションにおいて、黒人が奴隷にされていることを対象としたものではなかった。

 では、この場合の「奴隷」とは何か?
 それは専制や植民地主義のメタファであって、白人が「奴隷的境遇にある」ことだった。つまり、黒人は人間じゃないから、「恥ずべき悲惨な人間の状態」は当てはまらないってわけ。これは別にロックが特別にひどいやつだったわけじゃなくて、当時多くの人たちが持っている「常識」であり、「共通感覚」だった。
 だいたいロックの議論からは、あらかじめ子供や障害者、そして教育を得られなかったもの、教育不可能なものなどが排除されていた、というのはよく指摘されるところである。
 そうした排除の延長として、奴隷制の起源は、自由と所有権の起源と同じように、まったく社会契約の外部にある、とロックは考えていた。つまり、(黒人)奴隷制はあって当然、てわけ。

完訳 統治二論 (岩波文庫)

 ロックはごりっぱな思想を唱えながら、王立アフリカ会社の出資者として、カロライナのアメリカ植民地政策に積極的に関与していた。
 そこでは、ロックのパトロンでもあるシャフツベリー伯爵のカンパニーを支援。1673年から75年の間、カロライナの「貿易及びプランテーションに係わる委員会」の書記を務めた。そのおりにカロライナの憲法(基本法)を書いていて、その中に『カロライナのすべての自由民は、黒人奴隷に対する絶対的権力と権威を有するものとする』との文言を加えている。
 そして、アメリカ独立宣言の背景には、こうしたロックの思想が大きな位置を占めていたりするわけで……
 これじゃ、完全無欠の高徳の人トマス・ジェファーソンが、口で「奴隷解放」を唱えながら、たくさんの黒人奴隷を所有していたのもむべなるかな、と思える。

 人種差別の有名なジョークに

「俺は差別と黒人が嫌いだ!」

てのがある。
 でも、この認識がジョークでもなんでもなかった時代があったのだ。少なくとも十八世紀くらいまで。
 そしてこの矛盾に満ちた冗談みたいな言葉は、まるで何かの「真理」のようにして流通していたのだ。いや、過去形にしてしまったけど、今でも一部で流通してる。

 で、これって「核兵器は百万の軍勢に勝る破壊力をもつ!だけど原発は自動車より安全だ!」とか「原発はジャンボジェットが突っ込んでもメルトダウン起こさない!」とかの発言に似てるよね。構図的に。
 まだ真顔でこれを口にする人もいるみたいだけど、今じゃ耳にした人のほとんどが「ふっ」と笑ってしまうと思う。
 ついこないだまで、まるで「真理」のように流通していた言葉なのにね。


新装版 ブラック・ジョーク大全 (講談社文庫)

注:このエントリーは再録です。

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