2015年9月25日金曜日

【神を乗り越えることは可能だということか編】それからエデンの東へ行ったのだった

East of Eden
「アメリカ文学なんてものはね、スタインベックとヘミングウェイだけ読んどきゃいいんです」
と、その時教授は言い捨てたのだった。
 それは大学の一般教養の「英文学」の授業でのことで、その教授の顔も名前も授業内容も憶えていないが、この忌々しげな一言だけは、はっきりと耳に残っている。英文学をこよなく愛する教授にしてみれば、本当はアメリカに「文学」が存在することなんざ認めたくもないのだが、この二人だけはどうしても無視できない、というわけだ。
 そして、それは今も似たような状況が続いている。なんせ、アメリカはトニ・モリスンが受賞して以後、もう二〇年以上ノーベル文学賞が出ていないのだ(二〇一五年現在)
 ちなみに、ヘミングウェイもスタインベックもノーベル文学賞を受けている。

2015年9月20日日曜日

【小説を映画にするのはとても大変なのだ編】それからエデンの東へ行ったのだった


 『エデンの東』を観た後、映画の『それから』を観てみたくなった。貸しビデオ屋においているか危ぶんだが、近所の図書館に置いてあった。亡き松田優作主演、ヒロインは藤谷美和子、友人役が小林薫で、あと風間杜夫イッセー尾形、今何やってんだろかの羽賀健二までいる。
 監督はあの森田芳光
 この人にはへんな形容詞よりも、ただ「あの」とつけておきたい。

2015年9月19日土曜日

【世襲を否定することなくその破綻を描くということ編】それからエデンの東へ行ったのだった

漱石自筆原稿 それから (複製)
…………
……彼は自ら切り開いたこの運命の斷片を頭に乘せて、父と決戰すべき準備を整へた。父の後(あと)には兄がゐた、嫂(あによめ)がゐた。是等と戰つた後には平岡がゐた。是等を切り抜けても大きな社會があつた。個人の自由と情實を毫も斟酌して呉れない器械の樣な社會があつた。……
…………

2015年9月16日水曜日

【戦争によって引き裂かれるのは敗者だけでなく勝者もだ編】それからエデンの東へ行ったのだった(以降いちいち書かないけどネタバレがあります)


 漱石の『それから』において戦争は重要な意味を持っている。
 銃弾が飛び交うわけでもなければ、従軍した兵士が思い出を語るでもない。「日露戦争」という言葉は、たった五回しか出てこない。
 しかし、この物語の中には「日露戦争」が影を落としており、その影のくっきりした輪郭をなぞることができる。
…………
 三千代の父はかつて多少の財產家と稱(とな)へらるべき田畠の所有者であつた。日露戰争の當時、人の勸めに應じて、株に手を出して全く遣(や)り損なつてから、……
…………
……廣瀬中佐は日露戰争のときに、閉塞隊に加はつて斃(たふ)れたゝめ、當時の人から偶像(アイドル)視されてとうとう軍神と迄崇められた。けれども、四五年後の今日に至つて見ると、もう軍神廣瀬中佐の名を口にするもの殆んどなくなつて仕舞つた。
…………
……けれども今は日露戰争後の商工業膨張の反動を受けて、自分の經営にかゝる事業が不景氣の極端に達してゐる……
…………
 日本は日露戦争に勝利した。
 しかし、戦争によってできた社会の亀裂について、勝者の側は鈍感であることが多い。それは、没落するものへの鈍感さとなって顕れ、社会に「格差」というねじれを生み出す。

2015年9月13日日曜日

【『エデンの東』のジェームス・ディーンはたいして反抗的ではなかったよ編】それからエデンの東へ行ったのだった

左からエリア・カザン、マーロン・ブランド、ジュリー・ハリス、ジェームス・ディーン
(『エデンの東』のセットにて)
    上掲の写真は、『エデンの東』撮影中にマーロン・ブランドが訪れた際の記念写真である。なぜマーロン・ブランドがやってきたかについては、エリア・カザンの自伝に詳しく書かれている。(ややネタバレあり

2015年9月9日水曜日

それからエデンの東へ行ったのだった

それから (1953年) (角川文庫〈第321〉)
 一昨日、九月七日月曜日、夏目漱石『それから』の連載が終った。
 例によって娘に朗読させたので、これで『こころ』『三四郎』『それから』を読み終わったことになる。
 さて、娘が読んでいる最中は顔に出さないようにしていたのだが、実は私は『それから』を昔読んだはずなのに、さーっっっっっっぱり内容を忘れていたのだ。自分でもびっくり。なんとなく友人の奥さんを好きになる話だな、というのはうろでおぼえていたのだが、それ以外の展開はまったく記憶から消えていた。
 なんなんだろうねえ……まあ、おかげで漱石をもう一度味わうことができたので、よしとしてしまおう。

2015年9月3日木曜日

観光客としてあまり優秀とはいえない人間の観光旅行再び

 また今年も伊豆大島に出かけた。
 もちろんセスナである。
 あの墜落事故でびびるようなわが一族ではない。