2015年4月13日月曜日

すべての手紙は暗号で書かれているもしくは映画『イミテーション・ゲーム』とアラン・チューリングなどについてのもろもろ

 昔々、とある村に一人の少年がいました。少年は村の外から来たお金持ちの旦那様の元で働いていました。
 ある日、隣の村へパンとお菓子を十個づつ届けるように言いつかりました。少年は隣の村へ行く途中とてもお腹がすいたので、パンとお菓子を半分食べてしまいました。そして、素知らぬフリをしてパンとお菓子を五個づつ届けました。
 次の日、少年はまた同じお使いを頼まれました。ただ今回は手紙もいっしょに届けるように言われました。少年はまた途中でお腹がすいて半分食べてしまいました。そしてまた同じように知らんぷりして届けると、手紙を読んだ先方が「半分食べたな!」と怒りだし、少年を折檻しました。
 その次の週、少年は同じくお使いに行かされました。今回も手紙付きです。少年は頭が良かったので、この間の失敗は手紙のせいだと気づいていました。きっと手紙が少年の盗み食いを見ていて言いつけたのに違いない、と。少年は手紙を石の下に隠してこっちを見られないようにしてから、ゆっくりパンとお菓子をぱくつきました。

 上の話は子供の頃学習雑誌で読んだものだ。こんなコロニアルな話も、昔は平気で子供向けの本に載っていたのである。
呪の思想 (平凡社ライブラリー)
    他愛ない話ではあるが、白川静が「文字というものは他民族を支配する必要から生まれたものだ」と述べたことがどのような意味を持つか、ここから具体的に読み取ることができる。さらには、現代の我々もこの少年のことを笑えない、ということにも思い当たる。たとえばパソコンのゴミ箱を空にすれば、データが全部消えると思っている人とかね。(なんか前回とノリが同じだけど、そこはスルーで)

プーチンの筆記体
    手紙というものは他人に読まれてはまずいので、昔はたいていの場合「暗号」で書かれていた。と言っても数学的なやつじゃなくて、現在では草書体とか筆記体とか呼ばれてるやつだ。ああいうのは元々書いた人の筆跡を知る人以外読めないように工夫されたもので、中には書いた本人以外読めないものもあるし、ひどいときには書いた本人がどう読むのかわかんなくなったものもある。(マジ)
 だからこそ手紙は常にその存在において、「秘密」というロマンを抱え持っている。
 そしてその秘密は、往々にして他人を圧するための力、「権力」へと変貌する。
 我々が「暗号」というものに触れる時に感じるワクワクも、またそれと同じ根元を有するものだ。
    四月前半に、娘と『イミテーション・ゲーム』という映画を見に行った。天才数学者アラン・チューリングの事績を描いたものだ。話の中心は、「絶対解読不可能」と言われたナチスのエニグマ暗号の解読である。(以下ネタバレあり)

 暗号解読者のことを英語でcodebreakerと呼ぶ。2011年にそのタイトルでTV向け映画がイギリスで作られたので、今回この映画は別なタイトルになったのだろう。
 まあそれはともかく、コードブレイカーcodebreakerのコードcodeとは、この場合「暗号」のことだ。
 チューリングはナチスが仲間に送る「手紙」を、そこに記されてある「暗号」を、読み解くことに成功する。
 三十年ほど前、構造主義的記号論において、文字(いや、ここはシーニュと言った方が正確か?)をコードの振る舞いとしてとらえることが流行った。文字というものの持つコード(暗号)的な部分によって、文字を使う者が他を支配し、そこに権力が発生することをつきとめるためだ。
 実際ナチスは強力なエニグマ暗号を使って、どんどん他の国を支配下に収めていった。その時他のヨーロッパ諸国は、手紙の読めない少年と大差ない存在だったのだ。
 暗号は絶大な権力を形成する。ただし、それが解読された時、その力は決定的に失われる。

 チューリングも自身に「暗号」を持っていた。自らのホモセクシュアリティという暗号だ。同性愛が犯罪とされた当時のイギリスにおいて、それは絶対に解読されてはならないものだった。
 しかし、チューリングはその「暗号」を渡す相手をとうに喪っていた。
 最期、チューリングは自殺する。青酸カリを注射したリンゴをかじったのだ。
 しかし現在、2013年のクリスマス・イヴにおいて、チューリングの名誉回復が正式に決定された。

 以下余談。
 以前ネットでチューリングの成績表と図書館の貸出しリストが公開されたことがあって、本宅ブログにアドレスを貼ったことがあったんですが、今はリンクが切れちゃってますね。うーん、残念。
 あと余計なことですが、チューリングはテレパシーの存在を信じていて、有名なチューリング・テストに影響が出ないように心配したりしてたそうです。

B・ジャック・コープランド、チューリング
現代思想2012年11月臨時増刊号 総特集=チューリング

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