2015年2月28日土曜日

【やっぱり出てきた読んでない人を騙そうとする雑誌への罵倒編】もしも西荻窪の古本屋がピケティの『21世紀の資本』(PIKETTY,T.-Capital in the Twenty-First Century)を読んだら

 たとえば、教師生活二五年の生活指導の先生がコンビニでついエロ本を立ち読みしていたところ、なぜかここいらにはいないはずの自分のクラスの女生徒が通りかかったとしたら……
 たとえば、スーパーヒーローショーが終って、ヒーロー役が楽屋で背中のジッパーをおろしてもらい、「暑いあつい」と汗を拭いているところへ、どこから潜り込んだのか小さな男の子が目を丸くしていたとしたら……
 たとえば、日本の文化と伝統を守り、清く正しく美しい国家を作らんと日々邁進している人たちが、女体盛りに舌鼓をうっているところへ、突撃となりの晩ご飯がやあやあと入り込んできたとしたら……
 たとえば、たとえば、たとえば……
 その時、この人たちは叫ぶだろう。
「見るな!見ちゃいけない!これは違う、違うんだ!」
 なにがどう「違う」んやねん、とつい大阪弁でつっこんでしまいたくなるわけだが、現在似たようなドタバタが書店の店頭で繰り広げられつつある。

2015年2月27日金曜日

【イギリスのヒツジさんたちと二つの「革命」編】もしも西荻窪の古本屋がピケティの『21世紀の資本』(PIKETTY,T.-Capital in the Twenty-First Century)を読んだら

   大陸にブルジョアが誕生した頃、イギリスではプロレタリアが誕生しつつあった。
 ワット・タイラーの乱が鎮圧されると、ほどなく「囲い込みenclosure」の動きが出てきたからだ。
 急激にではなく、ゆっくりと、しかし、着実に。
 イギリスが羊毛について「保護貿易」で富を積むようになると、都市周辺農業に「資本」が流れ込んだ。
 すると、農村に貧富が生じてきた。やがて富めるものはジェントリーにも劣らぬ財を蓄え、彼らはヨーマンyoemanと呼ばれるようになった。

2015年2月26日木曜日

【ヒツジさんたちが誕生させたブルジョアと資本主義編】もしも西荻窪の古本屋がピケティの『21世紀の資本』(PIKETTY,T.-Capital in the Twenty-First Century)を読んだら

中山元訳は「学生時代に
大塚訳をうなりながら
読んだあの苦労は
なんだったんだ」
と思うくらい読みやすい
 フランドルと並んで羊毛産業が盛んだったのは、イタリアのフィレンツェだった。十四世紀当時、フィレンツェには二百を越す織物工場があり、三万人もの織師がそこで働いていたという。
 フィレンツェの商人たちはフランドルにもやってきて、資本を投下しては自らの商圏を拡げたのだった。
 商人たちはギルドに属さず、莫大な利益を手にした。
 利益?それはどこからくるのか。

2015年2月25日水曜日

【フランドルのヒツジさんたちと資本主義編】もしも西荻窪の古本屋がピケティの『21世紀の資本』(PIKETTY,T.-Capital in the Twenty-First Century)を読んだら

古いタイプのメリノー種のヒツジ
    エドワード三世がが羊毛を禁輸したとき、それまで仲良くしていたフランドルは少なからず打撃を受けた。
 しかし、その打撃はほどなく解消された。スペインでレコンキスタが進んだからである。
 なんか風が吹けば桶屋が儲かるっぽい話だけど、歴史は時折そうしたことが起きる。てか、それこそが「歴史」ってものかもしれんけど。

2015年2月23日月曜日

2015年2月22日日曜日

【イギリスのヒツジさんたちと資本主義編】もしも西荻窪の古本屋がピケティの『21世紀の資本』(PIKETTY,T.-Capital in the Twenty-First Century)を読んだら

アダムが耕し、イヴが紡いだ時、誰が貴族だったか?
When Adam delved and Eve span, Who was then a gentleman?
 上記はワット・タイラーの乱(1381年)を指導したジョン・ボールのアジテーションとして知られている。日本でも平民社堺利彦なんかが引用していたと思う。
 ジョン・ボールは神父だったけど、アダムって農民だったのかなあ。カインとアベルの故事からして、神は牧畜こそを言祝いでいたように思えるんだが。まあ、それはそれとして、このセリフってのはやはり、当時のイギリス農民を煽動するためのものであって、彼らが感情移入しやすいように作られたものなのだろう。つまり十四世紀後半のイギリス農民は、夫が畑を耕し、妻はせっせと「羊毛」をつむいでいたことがここから透けて見える。
 この乱の背景には百年戦争(1337〜1453年)があることはよく知られている。戦費をひねり出すための人頭税などの増税が直接のきっかけなのだが、そのまた背景にエドワード三世の羊毛禁輸があったことは、あまり語られることがない。
 

2015年2月20日金曜日

【フランダースの犬からフランドルのヒツジさんたちと資本主義編】もしも西荻窪の古本屋がピケティの『21世紀の資本』(PIKETTY,T.-Capital in the Twenty-First Century)を読んだら

『フランダースの犬』といえば、幼い心にトラウマを残す定番の物語だ。世界名作劇場のアニメで知っている人も多いだろう。左に掲げたのはよく知られているのではなく、ほとんど忘れられた別バージョンだが。
    なぜ『フランダースの犬』がショックかと言うと、純粋で正直で美少年で(そういう設定なのだ)絵の才能があっても、貧乏にはかなわない、という現実をまざまざと見せつけてくれるからだ。みんなビンボが悪いんや、は絶対普遍の真理なのである。

2015年2月15日日曜日

【やっぱり出てきた読まずに批判する人たち編】もしも西荻窪の古本屋がピケティの『21世紀の資本』(PIKETTY,T.-Capital in the Twenty-First Century)を読んだら

 今、一応ピケティブームとやらで、小さな街角の本屋ですら『21世紀の資本』が平積みになっててびっくりする。定価で六千円以上する本が一三万部とか、いやあ、日本もまだまだ捨てたもんじゃないね。よかったね、みすず書房。皮肉じゃなく、心からそう思う。

2015年2月12日木曜日

【アリストテレスもプラトンも格差で悩んでた編】もしも西荻窪の古本屋がピケティの『21世紀の資本』(PIKETTY,T.-Capital in the Twenty-First Century)を読んだら

タレス
    数日前のエントリーでふれたオリーブの葉っぱで出来た冠は、今もまだ家にあって、時々ネコが中に座っている。
「オリーブ」といえば、歴史に残る最初の「投資」に関わる作物だ。
 昔々その昔、古代ギリシャにとある哲学者がいた。哲学者ってのはだいたい貧乏なものだが、その哲学者はとびきり貧乏だった。
 そのことについて、口さがないものが「哲学なんて何の役にも立たない。やつを見ろ、賢人などと呼ばれてもずっと貧乏のままじゃないか」と陰口をたたいた。
 それを伝え聞いた哲学者は、その年の冬に金をはたいてオリーブ搾油器の使用権を買い占めた。すると夏にはオリーブが大豊作になり、搾油器の使用権を握っていた哲学者は大儲けしたのだった……

2015年2月9日月曜日

【ローマは滅ぶことなく腐って落ちた編】もしも西荻窪の古本屋がピケティの『21世紀の資本』(PIKETTY,T.-Capital in the Twenty-First Century)を読んだら

 その昔、というか、今でも似たようなことはどっかで続いてんだろうけど、奴隷というものはとっても便利な「商品」だった。
 なんたって、こいつがあれば楽が出来る。「ご家庭に一人、奴隷をどうぞ!」てなもんだ。
 それだけに、その「相場」の上がり下がりは、国家の社会状況を変えるほどの影響があった。
 

2015年2月8日日曜日

【どっこいローマは滅ばなかった編】もしも西荻窪の古本屋がピケティの『21世紀の資本』(PIKETTY,T.-Capital in the Twenty-First Century)を読んだら

娯楽と癒しからみた
古代ローマ繁栄史
―パンとサーカスの時代
「パンとサーカス」といえばローマの繁栄の象徴というか、ローマ人って毎日遊んで暮らせたんだね、みたいな印象で語られることが多い。
 でもこれって、土地を失った小農家の連中がぶらぶらしてて、あぶなかしくってしゃーないんもんだから、大人しくさせるためにやってたようなもんなんだよね。
 こういう「土地からあぶれてぶらぶらしてる連中」てのを「プロレタリア」と呼ぶ。

2015年2月7日土曜日

【それなのにローマは滅ばなかった編】もしも西荻窪の古本屋がピケティの『21世紀の資本』(PIKETTY,T.-Capital in the Twenty-First Century)を読んだら

 今、家にオリーブの葉っぱでできた月桂冠がある。月桂樹でできてはいないけど。それを頭に載せると、ローマ人みたく何やら一発演説でもかましてみたくなる。
「それにつけても、カルタゴは滅ぶべきである!」Carthago delenda est!
大カトーが演説するたんびに、その内容に関わらずくっつけていた「下の句」だ。「イチジクって とっても甘くて美味しいね それにつけてもカルタゴ滅べ」てなもんである。
 そして、三度に渡るポエニ戦争の末、カルタゴは滅んだ。あまりに徹底的に滅ぼされたもんだから、今じゃカルタゴがどんな国だったのかすら、よくわかんなくなってるくらい。
 燃え盛るカルタゴの街を眺めながら、小スキピオはつぶやいた。
「いつかローマもこうなるだろう」

2015年2月2日月曜日

「あたくしは幸せでした。なぜかってぇと、不器用でしたから」と語った八代目桂文楽が不器用に世を去った事と次第

「あたくしは幸せでした。なぜかってぇと、不器用でしたから」
 そう語った八代目桂文楽は、当時古今亭志ん生と人気を分け合い、名人の呼び名を恣にしていた。
 どういったところが「不器用」で、それが「幸せ」に繋がったかというと、常に話を完璧に語る事を目指して精進を重ね、それが大衆に受け容れられて人気を呼んだ、ということだろう。
 つまりは、志ん生とは正反対の芸風だったのだ。
 亡くなったのは昭和四六年だから、私はまだ小学生だ。落語と言えば「笑点」くらいしか知らなかった。
 しかし後に、その死に至るいきさつを知り、心に残るところがあったので、ここに記してみようと思う。

2015年2月1日日曜日

本を焚くものは、いずれその炎で己自身をも焚くであろう(トーマス・マン)


イスラム国は図書館の本を焼いた【焚書】

 なんか盛大にやらかしてくれたようだ。
 なんというか、この連中は欧米のキリスト教徒が胸に抱いているチープなムスリム像を、現実にデフォルメして描き出すことにばかり熱心なようだ。
 多くのムスリムが「そんなのは本当のムスリムではない」と言っても、その発言にしょんべんかけるようなことを次々とやらかす。
 そこに現れるのは、「かつて巨大な帝国を維持したムスリム」ではなく、西欧人の心の中で何百年にも渡ってデフォルメされてきた、チープなムスリムのイメージ、暴力的で嘘つきで淫猥で野蛮で知性が無いという、クレヨンで描きなぐられた悪役像の具現化でしかない。
 で、今回は図書館の本を焚いてくれたとか。おまけに

>これらの本は不信心で、アラーに背いている。だから焼くのだ」

 だとか。