2014年6月6日金曜日

「思ったままを書きましょう」「なんとも思わないので書けません」と誰も言わない時代もあったかも知れない

 小学校の頃、作文を書くのが苦手だった。いや、はっきりと嫌悪感を抱いていた。
 とくに読書感想文は大大大大大嫌いで、「なんで感動も何もしてないのに感想文を書かにゃならんのか」といつも不満を持っていた。
 あるときなど、先生に感想文の宿題を出されて最後の一人になるまで書かずにいた。
「しょうがないな、一枚でいいから明日までに書いてこいよ」と言われて、
「書きたくないので書きません」と答えた。
「じゃあ、成績がせっかく5なのに、4になっちゃうよ?」と脅しをかけてきたが、
「うん、じゃあそれでいいよ」とにっこり笑って承知した。
 そのくらい自分にとっては嫌〜〜〜〜なことだったのだ。それからずっと、その先生が担任のうちは、国語は4のままだった。でも「別にいいや」と思っていた。

 なんでそんなに作文が嫌いだったかというと、「自由に、思ったことを書いてみましょう!」とかいうくせに、本当に自由に思ったことを書くと怒られたからだ。
 今にして思えば、こういう「機微」を子供のうちから会得しておくことが、会社員になってから宴会で上手くやりこなせるようになったりするような、よくある人生のコツとういうものだったのだろう。そうすれば「今日は無礼講といきましょう」なんて言われても、羽目をはずして大失敗なんてことがなくなるようになるわけだ。

 さて、先日『作文の総合的研究』という本が入荷した。
 旺文社から昭和十三年に出たものを十七年に改訂した、当時の学生(中学生くらい)向けの参考書である。
 昭和十七年と言えば戦争まっただ中であるわけだが、お手本として掲載されている学生たちの作文は、まったく「自由に、思ったこと」を書いている。
 …………
 御稜威とは世界道義の上にたてる光であり、万物がこの光に浄化されねばらなないのである。然し其れまでにはさらに大きな障碍がある。而してその障碍を打破して、この光を発揚すべき神命を託されたのが日本民族である。幸いに已にその目的へ発足した。我々臣民はこの崇高なる光を仰いで「御稜威の元に我は死なん」の決意を新たにすべきである。
…………
 かかる、より高き明日への建設の段階に、今日本は世界の一等国として立っている。日本の理想は、畏くも二千六百年の昔、神武天皇が仰せられた肇国の御精神たる八紘一宇ちょう四字に見出すことができる。吾人の目標は単なる東亜新秩序の建設のみではない。それは八紘一宇顕現への一段階にすぎない。独伊が西欧の建設を成就し合衆国が南北米の大陸に覇を唱えても、結局世界人類の真の幸福を生み出してくれるものは日本でなければならない。日本はかかる使命を帯びて生まれた国であり、吾人はかかる使命を帯びてこの世に生まれ出た大和民族の一人である。
…………
 この現実に徴しても、明日の東亜の恒久的平和を確保するためには日満華不可分の関係を永遠に鞏固ならしめ、且つ独伊との提携を断然強化すべき事が極めて肝要である。そして日本は列聖の宏謨を奉戴し、国家興隆の大業を堅守し恢宏すると同時に、東亜の城塞たる太平洋の覇権を掌握し、東亜の盟主としての一大使命を果たさねばならない。
…………

 ……はあ、さよで。言うまでもないが、仮名遣いや漢字は現代のに直してある。あと、本には書いた当人(学生)の氏名が記されているが、それははずしておいた。いらぬ情けかも知らんけど。
 要するにこれ、「どんな風に書いたらいい成績が取れるか」というお手本なんだよね。
 きっとこのお手本よりもずっっっっと下手くそな作文が、たくさんたくさん「思ったまま」に書かれたことであろう。

 そしてさらに、当時の「知識人」のお手本もある。こっちは書いた人の名前を書いておこう。高須芳次郎先生だ。

…………
 世界中には色々な国家があるが、理想的な国家は日本のみである。このことはアメリカの有力なる社会学者がいっている。彼はプラトンの説いた理想国家も日本には及ばないといっている。プラトンは有名な哲学者であるが、彼は理想的国家の実現を念願し、理想国家というものを描いて、その実現を説いたのであるが、遂に彼が生きている間に実現できなかった。そのプラトンの理想国家が今の日本に見出されるということをアメリカの有力な社会学者がいっている。プラトンが理想として遂いに実現し得なかった国家が、否、それよりも遥かに進歩した国家が日本において実現されている。それをアメリカの学者は羨望している。我々は、国家として無限の生命があり、国家として無限の興隆を約束された日本国家に生まれたことを心から感謝し、それを外国に知らしめる必要がある。
…………

 どっからつっこんだらいいのか、マテ貝の養殖場みたいに穴だらけの文章だ。くどい繰り返しがあることはさておき、「アメリカの有力なる社会学者」って、誰だ。エズラ・ヴォーゲルか?ドラえもんに連れてこられたのび太が、うっかり『ジャパン・アズ・ナンバー・ワン』を戦前の道端に落としていったのか?

ジャパン・アズ・ナンバーワン

 あとさ、プラトンが理想とした国家って、けっこう共産主義っぽいんだけど。いいのか?よく知らんで書いてないか?

国家〈上〉 (岩波文庫) 国家〈下〉 (岩波文庫 青 601-8)

 今読むと駅のホームで『Let it go』を熱唱する酔っ払いよりも恥ずかしい文章だが、これこそが当時「自由に」「思ったまま」を書いた文だったのだろうなあ、と思う。きっと日本中が同じことを「自由に」「思って」いたのだろうから。


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