2014年5月7日水曜日

「バルテュスってデッサンおかしいよね」とウチの娘が言うのであった

バルテュス展 公式図録

    ゴールデンウィークのしょっぱなに、娘を連れてバルテュス展に行った。
 家族連れで観るのはちょっとなアレな展覧会であることは重々承知していたが、娘も高校生になったことだし、ちっとは芸術の暗黒面っぽいところも知っておいた方がよかろうと判断した。ちなみに、私がバルテュスの存在を知ったのは中学生のころ、澁澤龍彦著作を通してのことだ。うーん、ありがちありがち。
 で、一通り見終わって娘に「どうだった?」ときくと、
「えー、バルテュスって、デッサンおかしくね?」
 さすがなりたてほやほや女子高生、感想が素直すぎる。だが、確かにその通りだ。しかし、それは言わない約束よって感じで誰もそのことは口にしない。まあそんなことを言うのは、女子高生と同レベルってことなのだろう。
 ところが、その「デッサンがおかしい」絵について、展覧会の紹介文では
なんて書いてある。
 なんでこんな表情の乏しい、手足の関節が微妙な方向にぽきぽき折れ曲がってる絵に、人々は「美」を感じてしまうのか?それについて、ちょっとヒントになる絵がある。




 この絵なんだが、こわばった表情といい、ひょろ長い手足のぽきぽき感といい、「バルテュスの知られざる作品」と紹介したら何人かはだませそうだ。
 これを描いたのはアドルフ・ジーグラー、第三帝国における芸術分野の重鎮で、ゲッベルスといっしょに悪名高い退廃芸術展を開催したことで知られている。
    で、この人の絵ってのはどれもデッサンがビミョーなんだが、こういうのが「アーリア人の理想」の肉体を表してる、ってんでヒトラーのおぼえもめでたかったらしい。
 えーと、これが理想とか、アーリア人ってなんか変だよな、と思わされてしまうんだが、どうだろう。ジーグラーは退廃芸術を糾弾する側にいたんだが、こっちの方が「退廃」ぽいように思える。
 描いた「理想」があまりにもビミョーすぎたためか、ヒトラーは大戦中にジーグラーを逮捕させて、悪名高いダッハウの収容所に叩き込んでしまう。んで、またすぐ気が変わって引退を条件に釈放させている。
 もちろん戦後は鳴かず飛ばず。


 同じくデッサンがビミョーでありながら、片方は人の心を打ち、片方はなんだかただ単にビミョーな絵でしかない。
 しかし両方に共通するのは、そこに「肉体」の「理想」を表現しようとした、てことだ。
 でも変だよね、なんで「理想」がこんなぽきぽきした絵になっちゃうんだろう?

現代思想冒険者たちSelect 鏡像段階 ラカン 

 おそらく、「肉体」の「理想」を求めるのに、理性に基づいた解剖学的なバランスによるものではなく、ルネサンスどころか古代までさかのぼる「原初」に、それを求めたからだと思う。
 バルテュスはピエロ・デッラ・フランチェスカを好んだそうだ。この人はルネサンス前期に分類されているが、表情の固さと手足のぽきぽき感は解剖学的デッサン以前のものを感じさせる。

ピエロ・デラ・フランチェスカ「聖十字架伝説」
原初にさかのぼるとなぜぽきぽきしてしまうかというと、人間は生まれたての赤ん坊の頃、自分の手足の在処がわからないからだ。
 目に見える「手」と身体感覚でわかる「手」が一致するまで、同様に「足」が「足」と、「首」が「首」と、「腹」が「腹」と重なるまでは、人間の「肉体」はバラバラなのだ。
 バラバラの「肉体」が一つに一致していく過程を、ジャック・ラカン鏡像段階と呼んだ。
 鏡に映った自分を見ることで、人間は自分の肉体を「自分」として認識できるようになる、というわけだけど、別に鏡を見なくても鏡像段階は訪れるし、むしろ鏡像段階ってのは「肉体」が「精神」を宿す境目のような感じになる。
 そんなわけで、「肉体の表現」を原初へとさかのぼることは、鏡像段階以前の「精神」抜きの「肉体」を意識することになる。
 そうした原初の「肉体」には、ただ欲望だけが交錯する。
 肉体がバラバラになって統一感を欠いているのは、欲望する「肉体」と欲望される「肉体」が一致しないからだ。
 以前ちょっと書いたように、「欲望するもの」と「欲望されるもの」は非対称で、まったく別物になるのだ。
 ルネサンスから近代に至るまで、理性によって解剖学的デッサンでもって無理やりそれを一つにしてきたけど、バルテュスはもう一度それをバラバラにしてみせたわけ。
 しかし、それをバラバラにするのは、実はとんでもない危険性をはらんでいる。
 欲望を「バラす」ことの危うさについては、…次回に続く。
Balthus: Cats and Girls 


バルテュス画集 


ユリイカ 2014年4月号 特集=バルテュス 20世紀最後の画家 
篠山紀信によるバルテュス










Balthus 全2巻セット

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