2013年10月31日木曜日

にっぽんのはろうぃん

    本日はハロウィンとかで、図書館から帰る途中、オレンジ色の帽子をかぶって、ぺなぺなの羽をつけたどこぞの保育園とおぼしき一団を見かけました。総勢五十名ほど。どこでTrick or Treat!するつもりなんだろう?
 ともあれ、ダイソーにすらかぼちゃグッズが並ぶ昨今、少しづつではありますがハロウィンが日本にも定着しつつあるのやも知れません。

 ところで、ハロウィン以前から、日本にも似たような行事があることをご存知でしょうか?

2013年10月30日水曜日

仲良きことは美しい……はずなんだけど

 幼い頃、無駄に広い家に住んでいた。床の間には掛け軸が下がり、欄間には千鳥が踊り、鴨居の上のそこここになにやらごりっぱな絵が掲げられていた。
    その中に、武者小路実篤の絵があった。といってもおそらくは印刷である。四、五十年ほど前の日本の家には、ほとんどといっていいほど実篤の例の絵が飾られていたのだ。なぜそんなことになっていたのか、それは永遠の謎である。そんな謎、誰も解き明かそうとは思わないだろうから。
 そして、幼い頃の私には、その絵がなんとも恐ろしかった。

2013年10月27日日曜日

アリストテレスとおんまさんごっこ

 アリストテレスって人がいます。古代ギリシャの哲学者なわけですが、やっぱ昔の人なんで、「男と女は差別されなくてはならない」「男は女を導くべきだ」という主旨のことを堂々と著作に書いています。まあ、古代ギリシャつったら、「女みたいなやつ」てのが最低の悪口で、うっかり相手をそう罵ったら殺されても文句がいえなかったそうなんで、アリストテレスだってご他聞にもれずにギリシャ男子だったということなのでありましょう。しかしこの人は、師匠のプラトンと違って男色家ではなく、女好きでありました。
  さて、アリストテレスには、哲学者らしからぬ逸話(?)が残っています。
 アリストテレスはアレキサンダー大王の教師だったんですが、教え子のアレキサンダーがカンパスペという女に夢中になってしまったので、「女なんぞに入れあげるとは何事か」と叱りつけました。
 それを耳にしたカンパスペ、アリストテレスのもとへと行きまして、 うっふんあっはんとしなをつくるってえと、さしもの大哲学者もたちまちめろめろになっちまったんですね。
 そして、「アタシといいことしたかったら、おんまさんごっこしてちょうだい、おじいちゃん」とか
 なんとか言われまして、アリストテレスはカンパスペの言うがまま、四つん這いになってくつわまではめられて、部屋の中をはいしどうどうと鞭打たれつつ這い回った、とのこと。

2013年10月26日土曜日

がんばらなくっちゃ?

    えー、ちょっとまた、なんというか、うんざりして、ため息がエクトプラズムのようにだだもれてしまう記事を見かけたんで、ちょっとぐだぐだ書いてみたいと思います。

女性の社会的地位向上について
http://markethack.net/archives/51897489.html

2013年10月23日水曜日

飯島耕一が死んだと聞いたとたん『笑っていいとも』が終ったことにしみじみしてしまった

飯島耕一が死んだ。若い頃に読んだ詩人の死というものは、不思議と胸にこたえる。前首相などが死ぬよりもずっと心が痛む。

詩人の飯島耕一さん死去
http://www.asahi.com/articles/TKY201310220489.html

 出世作『ゴヤのファースト・ネームは』から、「疑問」という詩を一部引用してみたい。

2013年10月21日月曜日

それはどこらへんで言ってることなの?どうしても続けて欲しい(笑)ようなので続き

 えー、あいかわらず日本はスパイ天国のようでございます。こないだなんかスパイたちが「天国だ♪天国だ♪」って西荻のガード下で踊ってましたね。もしかして、日本の素晴らしさを讃えてやまない人たちは、実は全員スパイなんじゃないかと思う今日このごろ、皆様お体の方はいかがでしょうか。風邪などお召しになってはいないでしょうか。

2013年10月20日日曜日

なぜおばあさんというものは怖い話をごく普通のことのようにして話すのか

 いやな雨が降っている。
 確かこんな雨の日に、祖母と二人でテレビを見ていると、何かの拍子に思い出したのか、祖母がこんなことを話してくれた。

 昔々、祖母がまだ子供だった頃、近所にお大尽の大きな屋敷があった。
 そこには美しい一人娘がいたのだが、ある日、帯で首をくくって死んでしまった。原因は、好いた男との結婚に反対されたため、と噂された。屋敷の当主の哀しみようは尋常ではなかった。

2013年10月19日土曜日

少子化って戦争しづらくなるってことでもあるわけで

 ちょっと前の話題になるけど、イランは選挙で穏健派が勝利し、核についての対米協議も順調に終ったという。
イラン核協議が終了
http://www.cnn.co.jp/world/35038616.html
 で、なぜかふと気になってイランの出生率を調べてみた。最近はグーグルで国の名前に”出生率”とつけるとほいほい出て来る。便利なもんだ。
……1.67人。低っっ!
 同様にして調べると、他の中東諸国はだいたい2人を越えている。イラクなんか4.7人だ。


 では次にイスラエルを見てみよう。
……3を越えてるやん。
 つまり、イランの人口は停滞しつつあるけれど、イスラエルの人口は増え続けている、ということ。当たりまえだけど。

2013年10月17日木曜日

『天国の門』をくぐると現れるほんたうのほんたうの亜米利加

ダニエル・カール

    ダニエル・カールという、「山形弁をあやつる変な外人」てな立ち位置でタレントをしている人がいる。3.11のとき原発破損で沸き立つ海外メディアに対して、落ち着くようにとのメッセージをYouTubeで流していた。周囲の状況を理知的に見つめる眼を持った人だ。
 それよりもずっと昔のことになるが、彼の発言でずいぶん印象に残ることがあった。『噂の!東京マガジン』という番組でのことだったが、確か大竹まことが「やっぱ俺たち、アメリカっていうとニューヨークとかロスとかが……」と、なんということもない発言をした時、それをさえぎるようにしてダニエル・カールがやや興奮気味に声を挙げた。
「ちがうよ!!ニューヨークとか、ロサンゼルスとか、あんなところはアメリカじゃないよ!!!」
 色をなすカールに出演者はみなぎょっとしたが、司会者がすぐに別な話に移してその件はそこまでとなった。
 じゃあ、ダニエル・カールの知る本当の「アメリカ」とは、いったいどこにあるのだろう?

『天国の門』という「伝説の」映画がある。
 どこらへんが「伝説」なのか、簡単に説明すると、『ディア・ハンター』という「ベトコンはロシアン・ルーレットがお好き」な感じの映画でアカデミー賞を受けたマイケル・チミノなる映画監督が、この『天国の門』に超々多額の制作費をかけたのにぽしゃってしまい、映画会社は倒産しチミノはハリウッドを追放された——という「伝説」である。映画一本あたりの損失が史上最高であるとして、一時期はギネスに載っていたくらいだ。(今は別な映画になってる)その後チミノは『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』で復活するが、それはまた別な話。

 YouTubeの予告編をアップしてみたけど、これじゃただの勧善懲悪ラブ・ストーリーみたいだ。「夢の終わりにただひとつの愛を」とか意味不明。
(以下ネタバレが含まれます)

2013年10月16日水曜日

街頭インタビューで黙ってたことをここに吐き出しておこう

 今日、店にいく途中で吉祥寺駅から出ると、テレビカメラとマイクを持った男二人にアシスタントらしき女性が、静電気を帯びた糸くずのようにふらふらしてるのが視界に入ってきた。
 なるべく目を合わさないようにしていたのだが、帯電したエボナイトに糸くずがすいよせられるかのように、三人がするすると立ちふさがってマイクを差し出してきた。
「ちょっとよろしいですかあ〜」
 慇懃にやや早口で申し立てるには、NHKのニュース番組のインタビューであるとのこと。元気だったら「あ、急いでますんで」と振り切るところだが、あいにく先日来風邪にたたられ、へにょへにょになっていた。今の私なら手相の修行とかいう連中にも簡単にひっかかってしまうことだろう。
 覚悟を決めてインタビューとやらを受けることにした。
「最近、若者たちの結婚が減っているのはなぜだと思いますか?」

2013年10月14日月曜日

どこの誰かは知らない人を誰かが知っていてもそこに正義があるわけではない(結局仮題のままだけどとりあえずおしまい)



 一九九二年、日本でインターネットが商用化された
 それ以前からだんだんに失われてきたものが、ここから加速度的に可及的速やかに失われていった。「失われた二十年」で失われたのは経済成長率だけじゃない。人々の間から「何か」が失われていった。「何か」だなんて思わせぶりに書いてしまったのは、本当は失われたんじゃなくて、人々が率先して投げ捨てたからだ。「凡庸」というやつを。

2013年10月13日日曜日

合理的で論理的で科学的で効率的で経済的な自由が生み出す不自由(やっぱりまだ仮題だけど昨日の続き)

 小咄をひとつ。
  船長が船員たちを集めて訓示を垂れた。
 「君たちは栄えある○◎号の乗組員である。優秀な君たちは、今船から海に放り出されたとしても、当然泳ぐことができるだろう」
  船員たちは応えた。
 「ちょろいちょろい」
 「泳げないやつとかいるの?」
 「プールでしか泳いだことないけど、ま、いけるっしょ」
  船長はたのもしげな船員たちに命令を下した。
 「実はこの船は今、危機的状況にある。少しでも積荷を減らさなくてはならない。そこでだ、優秀な選ばれた存在である乗組員諸君は、今から海に飛び込んで自力で泳いでくれ」
  船員たちは次々にどぶんどぶんとび込んだ。
 「うお、水冷たすぎ!」
 「こんなに波が荒いなんて、聞いてないよ〜」
 「だめだー、やっぱ泳げねー」

  なんの話かというと、十年ほど前によく見られた日本の風景である。今でもやってるんだっけか。

2013年10月12日土曜日

つまり人間にとっていちばん非合理的で非論理的で非科学的で非効率で不経済なものは人間自身なのだということ(まだ仮題だけど昨日の続き)

 昨日の続き。
 人間を人間たらしめる構造は無意識下に沈んでいるものだけど、それが表層意識に上昇するとろくでもないことになる。
 上昇するきっかけは互いの不信、すなわち「信用」の喪失だ。

 互いに信用があるなら、言葉でお互いの背中について教えあえばいいだけなので、パラノイアックな構造が浮かび上がることはない。互いの信用を失い「囚人」となるなら、同時に行動し、同じ答を口にすることでしか、お互いを認めることができなくなるのだ。

2013年10月11日金曜日

三人の囚人と信用と凡庸と差別(仮題)

 とある国のとある刑務所はとうとう囚人が入りきらなくなり、微罪のものから選択して解放することになった。
 そこで所長は微罪の三人を選び出し、こんな提案をした。
「ここに円板を五枚用意した。三枚は白で、二枚が黒だ。このうちから選んだ一枚づつをお前たちの背中に貼ることにする。他の者の背中を見ることはできるが、決して自分の背中を見てはならない。また、会話はいっさいしてはならない。自分の背中に何色が貼られているのか、一番最初に分かった者だけが釈放される。また、ただ分かるだけでなく、なぜその色だと分かったのか、論理的に説明できることが必要だ。これができなければ、解答は無効である」
 そして、所長は三人の囚人の背中に、白い円板を一枚づつ貼った。
 しばらくの間、囚人たちは互いの背中を見て首を傾げていたが、そのうち三人ともが同時に所長のもとにやってきて、三人ともが正解した。
 所長は、約束通りに囚人を三人とも解放したのだった。
 さて、囚人たちの解答とは、どのようなものであっただろうか。

2013年10月9日水曜日

パトリス・シェローが死んでしまったというのに『王妃マルゴ』について上手く書けない

 French Director Patrice Chereau dies at 68
http://www.bbc.co.uk/news/entertainment-arts-24441598

 パトリス・シェローが亡くなりました。
 



 本当ならここで、あの『ニーベルングの指輪』の演出についてひとくさり、といければいいんでしょうが、音楽の部分しか聞いてないんで、ちょっと語れないんです。指揮はブーレーズでした。いっぺんDVDで観てみたいとは思っているんですが……高くて。

2013年10月7日月曜日

ドラえもんの未来に「本」は存在しているのだろうか

 妻はフリー・ライターをやっているので、たまに出版関係のことについて会話したりする。
妻「やっぱりこういうのって、電子書籍にしたほうがいいのかな」
私「うーん」
妻「そうすればコストもかからないし」
私「そうかもね」
妻「新しい情報が入ったら、その都度改訂すればいいし」
私「でもさ、それ、ホームページを有料で閲覧させるのと何が違うわけ?」
妻「うーん」

 おそらく、多くの出版社の会議室で似たような会話がなされたことと思う。
 kindleは端末を特化することで顧客を囲い込んでみせたけど、一方であやうさもあるわけで。
 将来的に電子書籍てもんが、どんどん「書籍」でなくなっていったとしたら、kindleはまっさきに廃れてしまうだろうなあ、と心配するフリをしたくなる。

2013年10月6日日曜日

それはどこらへんで言ってることなの?続けたくなかったけど続き

 続けたいなんて思ってなかったけど、昨日の続き
 今朝の朝日新聞を読んだら、米軍高官だかが「日本の情報管理は弱い。このままでは機密を共有できない」云々という主旨のことを宣っておりました。はー、さよで。
 ネットで目だたないんでリンクはしないけど、こういう記事が載るとスパイ天国信者な方々の脳みその中に、コビトさんがいーっぱい隊列を組んで「ほらやっぱり!ほらやっぱり!」とシュプレヒコールしながら行進してるんだろうなあ、とうんざりするわけです。
 普段なーんにも言ってないのに、なぜかわざわざこの時期に、という見え見えというか、こんな子供騙しの手品でも喜ぶ人は喜んじゃうんでしょうな。
 だいたいちょっと考えりゃ判るけど、今のアメリカが日本となんか機密を共有するわけがない。どんなに法律を厳しくしたって無駄。ソ連という強力なライバルがいた頃とは違うんだから。

2013年10月5日土曜日

それはどこらへんで言ってることなの?

「みんな◎◎だって言ってるよ〜」というのは昔の妻の口癖だった。いや、今でも言ってるか。私はその都度、「みんなって、誰や」とツッコミを入れたものだった。今では私がうっかり口にすると、妻から「みんなって誰と誰と誰?」と逆襲される。

 今朝の朝日新聞にも、似たような物言いがあった。
「日本はスパイ天国と呼ばれている」
 ……は?誰が呼んでんの?

2013年10月4日金曜日

ないしょないしょのないしょのはなしは「どれいのヒミツ」おまけ

 

 話を白川静氏に戻そう。それと、なんとなくつけてみたが、いちいち「氏」をつけてるとうっとうしいので、以後はずさせてもらう。別段軽んじているわけではないことはわかっていただけるかと思う。

2013年10月3日木曜日

ないしょないしょのないしょのはなしは「どれいのヒミツ」本番編

…………
 御主人の呼んだ当人がその場に居ない時は誰も返事などせぬこと。お代りを勤めたりしていてはきりがない。呼ばれた当人が呼ばれた時に来ればそれで十分と御主人自身認めている。
 あやまちをしたら、仏頂面で横柄にかまえ、自分の方こそ被害者だという態度を見せてやる。怒ってる主人の方から、直きに、折れて来る。
 仲間の者に不埒な所行があるのを知ってても御主人には黙っていること、おしゃべりと思われてはいけないから。
…………

 スウィフト奴婢訓Directions to Servants の冒頭部分である。
  へー、十八世紀の召使いって、こんな感じだったんだー。扱う貴族の方も結構大変だったろうなー、とテレビのコメンテーターならその程度の感想でお茶を濁しといてもいいかもしれないけど、社会人ともなればだいたいの人が「ん?こういうやつ、今でもいるよな。えーと、ほら、あいつあいつ……」と具体的に思い出したりすることができるはずだ。
「あいつ」とは誰か?
 官僚だよねー。ずばりそのもの。
 超天才スウィフトの筆は、「主人にお仕えするもの」の性質を克明に描くことで、官僚たちの生態をするどくえぐり出してみせている。さすが。
 つまりは、官僚たちの持つ傲慢さってのは、多分に「エリート意識」なんて美名で粉飾されているけど、本当は「奴隷根性」でしかないわけだ。ゴミの山を「夢の島」と呼んだようなもんか。

2013年10月2日水曜日

ないしょないしょのないしょのはなしは「どれいのヒミツ」

「民」という字は、目を刺されて見えなくなった人からきている、という。
 奴隷を盲目にして逃げ出せないようにした、古代中国の習俗からきている。
 やがては、外部世界に対して盲目で、何の情報も得られないため、唯々諾々と支配される人々、という意味で「民」とされるようになった、とは後の解説。目を刺すという字義を見出した白川静氏は、「民」は神の徒隷として捧げられたものという。「臣」もほぼ同義で、こちらは目の明いている徒隷である。どちらも神に捧げられた、つまりは生贄にされたのだ。
 奴隷を支配しやすいように盲目にしておく、というのは中国だけの専売特許ではない。
 またヘロドトスをとりあげてしまうけど、『歴史』によればスキタイ人は奴隷を盲目にして管理したという。

「民」を本来の字義のまま盲目にしておきたい人たちは、国家の情報を隠し、民を無知蒙昧なままにしようと画策する。そうした動きの最たるものが、取沙汰されている『秘密保護法』というやつだ——と書いておけば天声人語っぽくまとまるわけだが、どうにもこれだけでは手応えが浅い。ゾンビに包丁で斬りつけた程度の感触だ。
 もう少し、突っ込んで考えてみたい。