2015年11月12日木曜日

「みんなビンボが悪いんや」という身近かすぎてわからない身近かな真理についてわからせるにはどうすればいいかということ



「貧乏」というものがよくわからなくなって久しい。
 いや、私自身は身に沁みているのだが、社会全体によく通じないように思える。そして、どのようにすれば多くの人々に理解されるのか、というのはより一層わからない。と、このように書いても「俺はわかってる!」と言いつつわかってない人は多いわけで、「わかってる」人にさらにわからせるのはどうすればいいのかもわからない。

「貧乏」というものは、未来が剥奪されることによって起こる。
 自分の未来が描けないので、目の前のことしか考えられなくなる。
 だから、「貧乏が嫌だったら、死に物狂いでがんばればいいだろ」というのは、わかってない人の言い草である。「がんばる」というのがどういうことなのか、わからなくなるのが「貧乏」というものだからだ。


  
シモーヌ・ヴェイユ、
工場日記 (ちくま学芸文庫) 
    なぜ「がんばる」ということがわからなくなるかというと、「貧乏」は必然的に「腹が減る」からだ。しかも、ただ減るだけでなく、減りっぱなしになる。
「飢えは体内に仕掛けられた爆弾だ」とシモーヌ・ヴェイユはノートに書き付けた。腹が減っても食い物がなく、これから先も食い物にありつける予定がないと、人間の心身にどういう状態が引き起こされるか。それは飽食する人間がただ想像するだけでは、絶対にたどり着くことのできない境地である。

 では、「飢え」が人に何をもたらすのか、科学的・客観的に記述できるよう「実験」してみてはどうか、と考えた科学者がいた。
 一九四五年二月十二日、ミネソタ大学のアンセル・キーズAncel Keys博士は、良心的兵役拒否者を集めて、「飢え」についての実験を行った。
 選ばれた被験者は三十六名。彼らは午前八時半と午後五時の二回だけ、食事を与えられることになった。メニューの内容は、ヨーロッパで飢餓に苦しむ人たちが口にするのと同程度の栄養をもつもので、たった三種類しかなかった。カロリーはだいたい一日一五〇〇カロリーで、これは当時一般に摂取されるカロリーの約半分だった。
 キーズ博士は、六ヶ月の間に被験者の体重の25%を減らすことを目安としていた。なんだかダイエット道場みたいだが、マジな実験である。
 被験者は週十五時間働き(実験室の掃除など軽いもの)、屋外で最低三十キロを歩き、さらにルームランナーで三十分歩かされた。
The Biology of 
Human Starvation
    この実験を通して、被験者には多くの共通した症状が見られた。
 まず、無気力になり鬱に陥った。
 食事以外のことがおろそかになり、身だしなみや衛生管理に気を使わなくなった。
 当然マナーなどは軽んじられ、部屋に引きこもりがちになった。
 興味は主に食べ物のことばかりになり、性衝動も失った。
 この実験の詳細な記録は“The Biology of Human Starvation”という題でまとめられた。
 実験は被験者達にとって「生涯でも重要な経験」であり続け、実験が終ったあとも時折集まって「同窓会」を開いたという。さらに被験者のうち三人は、この実験をきっかけに職を変えてシェフになった。

 俗に「腹が減っては戦が出来ぬ」というが、とにかく「飢え」というのは人間からやすやすと「理性」を奪い取ってしまうものだ、ということが実験の記録から客観的に推察することが出来る。
 飢えと背中合わせの「貧乏」についても、それは同様だといえるだろう。
 貧困の根絶は、社会全体に理性を行き渡らせるために、絶対に必要なことなのだ。

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