2015年11月11日水曜日

科学という名の非人間的な「何か」もしくはららら科学の子

 今世界に、マッドサイエンティストと呼ぶに値する人間はどれくらいいるだろう。たとえいたとしても、その人間は陽のあたるところにはでてきていないはずだ。
 マッドサイエンティストは人体実験が大好きだ。
 ナチスや七三一部隊のようなものでなくとも、人間の「精神」に対する実験はちょくちょく行われている。それは病原菌や薬剤や解剖を強いることはないが、もしかするともっと残酷といえるかもしれないような、そんな結果をもたらしたりもする。


    一般教養あたりで心理学というものかじると、たいてい行き当たるのが、この「アルバート坊やの実験」である。
 ざっくり説明すると、パブロフの犬の実験を赤ん坊に施したもので、この映像の中で「アルバート.B」と仮に名づけられた生後九ヶ月の赤ん坊は、白いマウスを恐がるように「条件付け」されたのだ。
 この実験を行ったジョン・ワトソンJohn Broadus Watsonは、この条件付けを「消せる」といいつつ、消さないままジョンズ・ホプキンス大学小児病院から出て行かせてしまっている。
 ワトソンとここに移っている助手のレイナーは、のちに親密な関係となり、それがもとで大学を追放された。
 ワトソンはこの実験結果を元に子供の教育について本を書いた。その中でワトソンは「子供に対して関心や愛情を持ちすぎないように」とアドヴァイスしている。
 ワトソンの教育論はのちに否定されたが、この実験は行動主義心理学 を創始するキーストーンとなった。

 次に行動主義心理学の実験として有名なものに、「スキナー箱」というのがある。パブロフの実験をより高度にしたもので、ある仕掛けをした箱にネズミを入れ、ネズミが「たまたま」その仕掛けにふれると報酬(エサ)が与えられるようにすると、実験者が条件付けしてやらなくても自らを新たな行動に条件付けるというものである。
 実験を行ったバラス・F・スキナーは、パブロフの条件付けを「古典的条件付け」と呼び、自身のものを「オペラント条件付け」と名づけて区別した。
Opening Skinner's Box: 
Great Psychological 
Experiments of
 the Twentieth Century
 この実験は人間を対象に行われたものではなかったが、スキナーは生涯「人体実験をした」というスキャンダルにつきまとわれることになる。
 きっかけは『レディース・ホーム・ジャーナル』の一九四五年十月号に、スキナーが娘デボラのために作った暖房付き防音保育器の記事が載ったことだ。「箱入り娘」(たぶんthe sheltered girl)と題されたその記事は、スキナー箱による実験を連想させ、「デボラは最期、精神を病んで自殺した」という都市伝説が出来上がってしまったのだ。実際のデボラは成長してロンドンでアーティストをしていて、時折噂を打ち消すためにメディアに登場している

   これは有名な「ミルグラム実験」の映像である。テレビでナチスやアイヒマン裁判の特集があると、ちょろっと流されることがあるのでご存知の方も多いだろう。
 ハンナ・アーレントが『イェルサレムのアイヒマン』を発表して物議をかもした時期と、このミルグラムによる論文が掲載されたのはほぼ同じだったという。アーレントがアイヒマンを「悪の陳腐さ」と分析したことについて、この実験の結果ははからずもそれを証明するものとなった。
服従の心理 (河出文庫)
 実験は出来るだけ普通の人たちを集めて行われた。被験者たちは、ガラスの向うにいる人に電気ショックを与えるように指示される。向うからはこちらは見えないので安心するように言われる。
    最初は小さなショックだが、だんだんに電流を上げるように命令され、被験者はガラスの向うの人間が苦しみわめく(実際は電気など流れておらず、ショックを受けるのは演技である)のを見ながら、躊躇しつつも結局は「命令」にしたがってしまう。千人以上の被験者の三分の二以上が、「命の危険がある」とされる最終スイッチすら、「命令」されるままに押してしまったのだ。
 この実験は大きな議論を呼んだ。あらゆる大学で、実験が許容されるか否かについて、厳格な倫理指針が設けられた。
 ミルグラムは有名にはなったが、その後ハーバード大を辞めることになる。

 さて、これらの実験、そしてそのきっかけとなった「パブロフの犬」について、ある共通点がある。
 それは、ロックバンドの名前や、アルバムタイトルになっている、ということだ。
「アルバート坊や」については、クレヴィスcreviceというバンドが「アルバート坊やの子守唄」Lullabies for Little Albertというアルバムを作っている。
    スキナーについては、スキナー・ボックスというバンドが存在する。
 また、フレンチ・パンクには「ミルグラム」というバンドもいるそうだ。
 そしてパブロフについては、片手に余るほどそこに由来する音楽が作られている。

Pavlov's Cat
Pavlov's Dog / Cats [Explicit]
Pavlov's Dog / Conditioned Reflex
At the Sound of the Bell

 どうも「科学」というものは、欧米の方が身近にあるものらしい。
 日本でロックバンドに日本の科学者や、その実験が名づけられることはまずないだろう。
 まあしかし、これらのバンドはビッグヒットとは縁遠い、ということも共通しているのだが。


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