2014年10月8日水曜日

プレゼントは常にうれしいものとは限らないことについてPart.3

 二年前、中国の莫言がノーベル賞を受けたときにPart.1を書いた。ノーベル賞ってのは、必ずしももらった「国」がうれしがるとは限らない、て話。平和賞なんか、時々嫌がらせで出してんじゃないか、って思うくらいだし。どこぞの軍事独裁政権下の反体制活動家ってんならまだしも、EUとかオバマとかって、なんなんだ。もらった側の周囲に、少なからぬ波紋が起こることを見越して出してるよね。

 で、今回ノーベル物理学賞は日本人二名とアメリカ人一名の受賞と相成った。
 え、アメリカ人?て感じだけど、青色ダイオードの中村修二って、いつの間にかアメリカで市民権とってたんだね。

ノーベル賞:中村氏 研究の原動力は「怒り」

中村教授「物理学賞での受賞には驚いた」 ノーベル賞
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDC07011_X01C14A0I00000/


 今は何の研究してんのかな、と思ったら

>「こちらの大学で研究する上では、米国籍がないと軍の予算がもらえないし、軍に関係する研究もできない。それで市民権を取得した」

 だそうだ。べらべらしゃべって大丈夫なのか知らん。

 ところで、今日本では「社員がとった特許は、当然会社のものになるよねー」という話が進行中だ。

特許制度小委員会、職務発明の権利、条件付で法人帰属認める方向に

「職務発明は法人帰属にすべき」http://chizai.nikkeibp.co.jp/chizai/etc/20130807.html

 そこへ飛び込んできたのが、中村修二ノーベル賞受賞の報。自分が発明した青色ダイオードの利益を半分よこせと会社を訴えた人が、このタイミングでクローズアップされるわけで、「特許の法人帰属は当然!」とふれ回ってた人たちの心の中は、今頃舌打ちの音であふれかえっていることだろう。
 平和賞じゃなくても、こういうことって起こるんだなあ。というか、ノーベル賞というやたら知名度の高い賞だから起こるんであって、これが調布市市民文化賞とかだったら全然なんでもないわけだし。
 まあなんというか、手に余る村一番の乱暴者に赤紙が来て村中がほっと胸を撫で下ろしてたら、戦地で活躍して勲章もらって帰ってきちゃって村人たちが頭を抱える、みたいな構図になってるわけだ。

 これは以前ブログで書いたことに引っかかってくるんだけど、竹中へーぞーセンセイが

「ヒラ社員も残業代ゼロ」構想の全内幕
http://toyokeizai.net/articles/-/38399?page=7
>ただ本当に柔軟な働き方をしたいと思っている人はたくさんいる。「残業代ゼロ」になるとあおる議論もあるが、今でもアーティストは残業代ゼロなんですよ。現実にはそういう働き方のほうが高い付加価値を生み出す時代になっている。

…てなことくっちゃべっておられたりする。じゃあもし社員が全員「アーティスト」とやらになったなら、会社の儲けに関わった分はどしどしその社員の取り分にしなきゃおかしくなるよね。で、この場合、中村修二さんが「アーティスト」なわけ。実際、残業代ゼロで発明したみたいだし。
「発明を法人帰属に」て議論はいろいろともっともらしいこと言ってるけど、つまりは「会社を第一に考えろや、お前ら」というか、「お前のものは俺のもの、俺のものは俺のもの」てなジャイアニズムというか、そういうものがボンドカーのマシンガンみたいに隠されていると思う。
 だって、残業代ゼロで必死に開発した特許を、ちょろっとボーナスだしただけで会社が丸ごといただく、てのがガッチリ法律で正当化されちゃうんだよ。そんなことしたら、誰もまともに発明なんかしようと思わなくなるんじゃないのかな。いや、もはやすでに現状はそうなってるんで、日本発のイノベーションてのがさっぱりなのかも。

 あー、なんか中村ヨリの話になってきちゃってるな。
 問題はこのノーベル賞受賞者と企業の喧嘩した内容が正当かどうかじゃなくて、自分に都合のいいときに社員を「アーティスト」のように扱い、成果が上がればただの「サラリーマン」として扱うという、企業側のご都合主義を隠蔽しつつ上手いこと法律化してしまおうとする動きの方なんだ。
 こうした「臭み」に対して、「臭い消し」をプレゼントすることでさりげなく気づかせようとする、そんな今年のノーベル賞なのだった。まあ、たまたまだと思うけど。

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