2013年11月20日水曜日

ヒミツ保護法と「かゆいところをかく」権利

「社会は必ず腐敗する。これが社会学の第一テーゼです」
 大学時代に受けた社会学基礎講座での第一声がこれだった。講師はまだ助手になったばかりの若い男だった。
「たとえ神や仏であろうと、社会を形成すれば必ず腐敗します」
 無神論を説くセリフで、これ以上先鋭的なものを未だ知らない。若い講師は、生徒たちの興味を惹こうと一生懸命だったのだろう。
「では、社会はどのように腐敗するか、と言いますと……」
 社会の中に不可触な部分てのがあると、その周囲から腐る、ということであった。なるほど、あれこれ思い当たることがある。そしてさらに続けて、講師はその論に鋭さを増した。
「えー、つまり、インキンタムシとよく似ているのであります」
    教室には女子生徒も大勢いたが、当時まだセクハラなんて言葉はなかったし、だいたい女子学生たちもいっしょになって笑っていた。
 インキンタムシというのは、念のため簡単に説明しておくと、 まあ、なんというか、男性を男性たらしめる部分のその周囲、鼠蹊部と呼ばれる部分や、協力すれども介入しない袋状のものの裏あたりなどに、好んでコロニーを作る黴、つまりは水虫の仲間によってもたらされる、それはそれはかゆーい病気である。その名は『男おいどん』という、後に「宇宙戦艦ヤマト」とか「銀河鉄道999」とかを描いた松本零士の漫画によって、不必要なまでに有名になった。
 要するに社会は、インキンタムシのように腐敗するわけだ。

 さて、そんなみっともない事態を防ぐには、不可触な部分の風通しを良くし、清潔さを保たねばならないのだが、なにやらそこに鍵付きの貞操帯でも充てようかという、うっとーしい法律が用意されているという。
「絶対に知ることのできないヒミツ」などというものが作られてしまったら、絶対確実にその周辺は腐敗する。おそろしくかゆくなる。しかし、この法律はそこに薬を塗るどころか、ばりばり掻くことすら許さないというのだ。

 ヒミツ保護法について、「いまひとつどこが悪いのかピンとこない」「社会にどういう影響があるのか実感がわかない」「国家機密とか自分に関係ない」というような人は、このようにイメージしてもらいたい。

ヒミツ保護法は、日本をインキンタムシにする法律だ。

 そしてまたさらに、かゆいところに手がとどかないどころか、触ることすら禁じられてしまう。

 かゆいところがかけない、そんなもどかしい社会になる。

 どうです、想像するだけで地獄のようだと思いませんか?

中島らも 頭の中がカユいんだ (双葉文庫)

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